--- 再会(11月6日) ---

誕生花は
サネカヅラ

花言葉は
再会

 「真葛」と書きます。美しい実をつけますので「実葛」と書かれた時もありました。
葛(かづら)は つる草の総称です。
江戸時代には これから鬢付油(びんづけあぶら)を精製したので
別名を「美男葛(びなんかずら)」とも言います。
男性用の整髪料ということなのだと思いますが どうしてでしょう
女性の髪をまとめるのには粘性が強すぎたのでしょうか。
それとも 女性には向かない香りなのでしょうか。

 今日の花言葉「再会」は、遠く・長く・絶えず・逢う・さ寝などの縁語として
サネカヅラが たくさんの歌に詠まれていることからなのだと思います。
その中で 百人一首にはいっている歌を 一首ご紹介しましょう。

 「名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな」
三条右大臣藤原定方の歌です。
 逢うとか寝るとかいう名をもっている逢坂山のさねかづら
そのさねかづらの 蔓(つる)を手繰(たぐ)ったら逢えるとか
そんなふうに 誰にも知られないで あなたに逢えればいいのになあ・・・。
なんとか方法はないものかなあ・・・。 あぁせつない・・・(ため息)。
と いったところでしょうか。
 これは どなたに送った歌なのかわかりませんが
「逢坂山」に「さねかづら」が付いていますと 「逢う」と「さ寝」で
一度は 床を一緒にした仲の女性か 床を一緒にしたい女性に送った
ということになるかと思います。
いずれにしても こころだけが恋しいのではなく 身も心もあなたが恋しい
という歌ですね。

 三条右大臣の歌として「後撰和歌集」に収められていますが
「後撰和歌集」が編纂されたのは 定方が亡くなった後ですし
定方が右大臣になったのは 亡くなる9年前で52歳の時ですから
右大臣になる前 もっと若い時に 自分より位の高い人の妻に
恋をして詠んだ歌と 解釈するのが自然かと思います。
人に知られたら ゴシップになるどころか 自分が失脚することにもなってしまう
せつなかったことでしょうね・・・。

 この逢坂 東京の神楽坂近くにもあるのをご存知でしょうか?
奈良時代に 国司小野美佐吾が「さねかづら」という娘に恋をしました。
任期が終わり都に帰ったのですが さねかづらのことが忘れられずに
恋煩いで亡くなってしまいました。 その時にさねかづらの夢に神様が現れ
美佐吾と逢える場所を告げられたそうです。
そこが「逢坂」と名付けられたいわれだそうですが 美佐吾と逢えたさねかづらですが
美佐吾が亡くなってしまったと知って さねかづらも坂の下の池に身を投げて死んでしまったそうです。
 悲しいお話ですが この世でなくあの世で 同じ身となって
再会できたのでしょう。

 東京は平坦な町と思いがちですが 皇居の周りは坂がたくさんあり
坂の名前や いわれを書いてあったりします。
一駅二駅くらいは 電車や地下鉄に乗らずに歩いてみると
思いもかけない人 もしかしたらこの世の人ではない人とも
再会できるかもしれません。

2001.11.6