1月27日

今日の花:ムスカリ

花言葉:通じ合う心


photo hana
 ムスカリとはムスクつまりジャコウ(麝香)のことです。
 日本でよく見かけるムスカリには、香りがないのでピンときませんが、
ムスカリの仲間に、ムスクに良く似た香りをもっているものがあるので
付けられた名前だそうです。
 ジャコウジカという小型の鹿が、繁殖期になると異性を呼ぶために
下腹部にある麝香嚢から放つ強い香りをムスクといいます。
目に見えない香りというものでコミュニケーションを取ることから、
今日の花言葉「通じ合う心」があるのかもしれません。

 こころというものは見えないもの。
見えないものだからこそ、わかろうとすることが必要なのだとわたしは思います。
気心の知れた恋人や夫婦、親子。テレビの番組を見るというような同じ体験をして
「あなた今、こんなふうに思ったでしょう?」
「え?その通り。なんでもわかっちゃうんだな(笑)」
というような体験はありませんか?勘と言うようなものですね。
わたしは、この勘というものはデータの量と分析力にあるのだと思っています。
例えば、恋人が嘘をつくとき瞬きをする癖があるとしましょう。
瞬きは日常どんな時でもします。でも、嘘をついたときの瞬きと、
普通の瞬きとの違いをどう判断するのでしょう。
お付き合いをはじめた最初から恋人が嘘をついたかどうかはわかりません。
後になって嘘だったと気がつくのですね。
そういうことを何回か経験して、通常の時と嘘をついたときの違いが何か違うと感じるのですね。
脳のコンピュータはその時どんな処理をしているのでしょうか。
ビデオテープに録画して、通常の時とコマ送りにして一コマ一コマ照合していくと
瞬きの間隔が違ったり、強さが違ったりするコマが抽出されます。
そして、以前嘘をついたときのビデオテープと照合すると、
一致するコマが非常に多く抽出されます。
そして、脳のコンピュータは嘘だと判断します。
瞬きのほかに、目の動き、声のトーン、手の位置など相手のことを
日頃気にして見ているかどうかで、脳のコンピュータにストックされているデータ量が変わってきます。
データ量は多ければ多いほど正確な分析ができるものです。
この脳のコンピュータの処理が、無意識のうちに一瞬でされるので、
自分では論理的に判断を下したとは思わず、「なんとなく」と思うのです。
 では、一緒にいる時間がまったく同じ二人なのに、どちらか一方だけが
そういう感覚が働くのはなぜでしょう?
それは、相手のことを知りたい理解したいという意識の違いなのだと思います。
その違いが脳のコンピュータに、データとしてストックするか、
ゴミとして処分するかさせているのでしょう。
通常の状態を録画したビデオテープのストックがなければ、比較のしようもありません。

 では、ビデオテープの録画ができない、つまり一緒にいないときの相手を
どのように判断するのでしようか。
それは相手からの情報をストックしてビデオテープを作りあげていくのですね。
一緒にいない間、わたしはこんなことをして過ごしている。
生活の基本パターンは何時に起きて、何時に出社して、お昼ご飯はお弁当なのか外食なのかとか、
そんな情報を些細な会話からだんだんと積み上げて、ビデオテープを作っていくのです。
いつもお弁当を持っていく旦那様が、明日はいらないと言ったとします。
お給料日後なら同僚と、おいしいと評判のランチを食べに行くのかもしれません。
「ランチおいしかったら、今度連れて行ってね」
と、お弁当がいらないといわれただけでそんな言葉がでるかもしれません。
お給料日前なら曜日と照らし合わせて、明日は会議を兼ねた昼食会なのかもしれません。
きっと明日の会議のことを考えているから今日は、話したいことがあったけれど日をあらためましょうとか
昼食会は社内かしら、それとも社外からも参加するのかしら、いずれにしても
明日はあまり濃い色のワイシャツじゃないほうがいいわねとか、
旦那様に言われなくても準備をするのかもしれません。
 ツーと言えばカーというのも、こんなふうに相手の情報がインプットされているから
できることなのではないでしょうか。

 今日はこれこれしかじか、どこどこへ行ってどんなことをしたと、
幼稚園児が母親に報告するようなことは、大人のわたしたちはしませんが
食事をするとき、庭の木の手入れをしているとき、一緒にテレビを見ている時、
そんなときの会話から、お互いの見えない時間の映像が一コマ一コマ出来ていき
そのうち一本のビデオテープになっていくんだと思います。
お互いの見えない時間のビデオテープの充実度が、見えない時間も相手を信じること
見えない時間もこころが通じあっているという自信になるのではないのかなと、
そんなことを思いました。

2002.2.19