2月16日

今日の花:アッツ桜(アッツザクラ)

花言葉:責任感のある人


photo 植物園へようこそ
 アッツザクラは、原産地がアリューシャン列島のアッツ島ではなく南アフリカです。
また、桜の仲間バラ科ではなく、キンバイザサ科で、ロドヒポキシスという名前です。 なのにどうしてアッツザクラという名前が付いているのかはわかりませんが、大正の時代に日本にきて、昭和50年代にアッツザクラの名前で爆発的に売れた花なのだそうです。
 今日の花言葉「責任感のある人」それは、なぜつけられたのかわからないアッツザクラという名前にあるのでしよう。

 1941年(昭和16年)A(America)B(Britain)C(China)D(Dutch)包囲網で経済的に追い詰められていた日本は、中国からの撤退を要求する米国務長官ハルの「ハル・ノート」を受け、アメリカに屈服するのを否とした日本は真珠湾を攻撃しました。
 日本軍は、米軍の停泊していた戦艦、航空機を撃破して戦果を上げたのですが、目的の航空母艦はいなかったのです。その時撃ちもらした機動部隊を壊滅させ、太平洋のミッドウェイ島を占領し、前線基地をさらに東進させることを目的としたミッドウェイ海戦。この作戦の成功とその後のため、北の海、アリューシャン列島でも、アッツ島とキスカ島を占領し、米ソの連絡遮断や、航空基地の利用を阻止するための作戦が敢行されました。
 日本軍は勝算の強いはずのミッドウェイ海戦(1942年6月)に敗れ、アリューシャン列島の戦略的な価値は無くなったはずなのですが、依然として作戦は継続されていたのです。1943年(昭和18年)5月、上陸米軍約1万1千名に対して、日本軍約2千7百名。両軍とも、衣類、機材、食料という後方支援のないまま悪天候に見舞われ苦しい戦いでした。
 この戦いの様子は、「アッツ島血戦勇士顕彰国民歌」という歌に残っています。また、山崎保代陸軍大佐の電文から知ることができます。
「敵陸海空の猛攻を受け、第一線両大隊は殆ど壊滅。辛うじて本一日を支ふるに至れり。夜戦病院に収容中の傷病者はその場に於て、軽傷者は自ら処理せしめ、重傷者は軍医をして処理せしむ。」
「非戦闘員たる軍属は各自兵器をとり、陸海軍ととも一隊を編成、攻撃隊の後方を前進せしむ。ともに生きて捕虜の辱めを受けざる様覚悟せしめたり。他に策無きにあらざるも、武人の最後を汚さんことを恐る。英魂とともに突撃せん。」
「機密書類全部焼却、これにて無線機破壊処分す。」
猛攻を受けほとんど壊滅状態。夜戦病院にいたものは、軽傷者は自ら処理。重傷者は軍医が処理。処理というのは、死ということですね・・・。非戦闘員も兵器を持ち戦闘に加わり、生きて捕虜となることよりも突撃という死を選ぶ。機密書類を焼却処分し無線機を破壊する。
 

桜は日本の象徴。そして、「同期の桜」という歌にもあるように日本軍人の象徴でもありました。
 アッツザクラ・・・どのようないわれでロドヒポキシスに付いたのかはわかりませんが、アッツの戦いで亡くなった日米両軍のかた、そしてご家族、恋人、友達、全てのかたが安らかにあれ、そして二度とこのような悲惨な戦いがありませんようにとお祈りいたします。

2002.9.23