6月1日

今日の花:紫陽花(アジサイ)

花言葉:元気な女性


photo hana
 アジサイは別名を「七変化」とも言います。咲いているうちに色が変わったり、同じ品種でも土の性質によって違う色になったりするので、「七変化」と言われるのかもしれません。そんなことから「移り気」「心変わり」という花言葉もあります。
 でも、わたしは、「元気な女性」という花言葉を選びました。様々な環境で、それにあった美しい色の花を咲かせるアジサイのような「元気な女性」でありたいと思うからです。

 アジサイの現在の学名は、「Hydrangea macrophylla」で、Hydrangeaは「水」macrophyllaは「容器」という意味ですが、幕末のオランダ商館付きの医師シーボルトは、植物学者でもあり
「日本植物誌」にアジサイの学名を、「Hydrangea Otaksa」と発表しました。

 Otaksaというのは、シーボルトが長崎で出会い妻とした日本人女性、楠本滝さんの愛称「お滝さん」からつけられました。
 お滝さんは、丸山(江戸の吉原のような遊郭のあった地名)の遊女だったと言われていますが、そのころ出島に入れる女性は遊女だけだったので遊女の名義を借りて、シーボルトのもとに嫁いだとも言われています。滝が遊女だったということで、後に、遊女の名を学名にするのはいかがなものかという意見がでたようです。

 滝は、成長して日本初の西洋医学の女医となった「稲」を産み育てました。
 シーボルトは任期が終わり、帰国する時の積み荷の中から、日本地図など国外持ち出し禁制の品が発見され(シーボルト事件)、稲が2歳8ヶ月の時に追放され再び日本に来られたのは30年後でした。

 お滝さんが遊女であったとしても、なかったとしても、その時代には困難な恋物語があったことは確かです。法律という取り決めに対して、現実を合わせようとしたのでしょう、残る文献はつじつまの合わないことが多いのですが、出会いも別れも再会もそして、再びの永遠の別れも、二人だけが知る恋物語。掘り起こさずにそっとしておきましょう。

 ただ、アジサイの古い学名は、一人の植物学者が、愛した妻の名をつけたHydrangea Otaksaだったんだと、こころに留めておきたいなと、そんなことを思いました。

2002.6.11