8月30日

今日の花:ジャーマンダー

花言葉:淡白

photo 植物園へようこそ
 淡白とは 色や味がしつこくなくて あっさりしているとか、さっぱりして欲がないことを言いますね。欲望とは切り離せない人間の中で 執着のないかたは、しばしば「面白みがない」とか「冷たい」と取られることが多いような気がしますが、「般若心経」で説かれている「色即是空 空即是色」を実践されているかたでもあるような気持がします。
 
 「般若心経」は大乗仏教の元となるお経で、いろいろな宗派で読まれるものですので、みなさん一度は聞かれたことがあるのではないかと思います。信仰のないわたしが 解説をしてしまっていいのかどうかわかりませんが・・・
 
 「空」と「色」とは対になる言葉で、簡単にいってしまえば 「空」は「無」、「色」は「有」ととらえていいような気がします。この世におこっているものは 「因(直接の原因)」と「縁(間接の原因)」によって生まれたり滅びたりして一定ではない(無常)つまり「空」である。「色」とは形のあるもののことだけれど これもまた因縁によって成り立っていて一定ではない(無常)つまり「空」である。0(ゼロ)に何をかけても 答えは0(ゼロ)というように、全ては「空」なのであるといったところでしょうか。
 
 私達の実際の生活で こころを惑わすこと、それは執着があるからなのですね。家族や恋人 財産や名誉 若さや美貌。これらは 無常のもの つまり空なのであるから、これらから 憂い惑いが生まれるのですが、いくら掛け算をしても空なのであるというところなのでしょう。執着しなければ 解放される その物事の道理に気づきましょう。と 説いているのが「般若心経」のようです。
 
 この世での生を終えて 仏に なる時の 心構えのような気持もします。確かに 恋人の言葉 行動に 悶々として こころを惑わせていても、恋人に執着しなければ その惑いも生まれないわけなのですが・・・。仏様になっていない 人間としては 最初から恋しないというのはちょっと・・・。それに 恋って しようと思ってするものでもなく、やめようと思ってやめられる ものでもないような気持がします。
 恋に限らず 仏様ではない人間の感情 なかなか思い通りにはなりませんね。ただ 惑いによって あまりに辛い時、もともと無常のものであるのだから このわたしの辛い気持も、いつまでもこのままではなく 執着をしなくなったとき、この辛い気持ちも解放されると 思えば楽になるような気持がします。
 
 
 これを書いていてふと 思ったこと・・・。ゼロの発見は 確か インドと言われているような気がしますが、ゼロは 「空」から来ているのではないのかな と 思いました。数学で表せないこころですが、逆に、こころを理論で証明しようとして できたのが 数学なのかしらなんて思いました。
 
 お経を少しかじると なんともまぁ理屈っぽいというかなんというか・・・、AであるからBなのだ従って答えはCであるという証明問題の解説を読んでいるような 気がします。
 哲学と数学とは 同じところから発生したのかもしれませんね(^^;;
 
 そして お経とは どうにもならないこころに、折り合いをつける 手引書なのかもしれませんね。そんなことを思いました。

2001.8.30