9月27日

今日の花:オーク

花言葉:自由


photo wikimedia
 ブナ科のナラ属の総称で ナラ・カシ・クヌギ・カシワなどが、その代表です。どんぐりのなる木ですね。縄文時代には 大切な主食だったようです。日本人は 稲作が始まるまでは 未開の原始人のような 生活をしていたような気がしますが、そうではなく 落葉広葉樹林におおわれ 豊富な木の実や芋、川や海のたくさんの魚や貝 山のたくさんの獣や鳥と 食料に恵まれていたために、農耕をする必要がなかったからのようです。
 農耕をしていなくとも 日本で発見された土器は 世界最古のものだそうですし、縄文土器にあたっては 加熱のあとが見られ 貯蔵用として使われただけでなく、食料を調理していたようすが うかがわれるそうです。
 四大文明と違ったかたちだからといって、わたしたち日本の祖先が 決して劣っていたわけではなく、気候や地形という生活条件が違ってくれば、文明や文化も違ってくるということなのですね。
 
 明治になって 西洋文明を取り入れたことを 文明開化と習いましたが、これもまた それまでの日本の文明が 劣っていたわけではないのだと思います。日本には 日本の文明が あったのですから。
 ペリーが 極東の日本に やってきた目的はなんでしょう。それには イギリスとアメリカの市場争いが 深くかかわっています。産業革命によって 大量に生産されるようになった綿製品を、イギリスもアメリカも 人口の多い中国に 輸出することを考えました。アフリカを経由してくる イギリスに勝つためには、アメリカは 太平洋航路を開く必要がありましたので、日本を その中継基地にしたかったのですね。また、産業革命によってできた工場を 夜間操業させるためには、ランプ用の クジラの油が必要だったのです。捕鯨は 北太平洋で操業していましたので この点からも太平洋を押さえる拠点として 日本に開国と通商を求める大統領の国書をもって、ペリーは軍艦を率いて 浦賀にやってきたのです。
 日本に やってきたのはペリーが初めてではなく、その前に アメリカ商船や オランダ軍艦 また、米国東インド艦隊司令長官ビットルが 軍艦2隻を率いてきていました。ではどうしてペリーは 任務を遂行できたのでしょうか。ペリーは 大統領の国書のほかに 2本の白旗を幕府に渡していたのです。「開国要求を認めないならば 武力に訴えるから 防戦するがよい。戦争になれば必勝するのはアメリカだ。 いよいよ降参というときには、この白旗を押し立てよ、そうすれば和睦しよう」と 脅迫して 一年の猶予を幕府に与えて帰国します。
 幕府はその一年の間に 防衛のために品川沖に台場(砲台)を築きますが、哀しいかな そこから発射される大砲の射程距離は 黒船のそれよりも短かったのです。それに幕府はこの台場を作るための埋め立てに 莫大なお金を使ってしまったのです。これでは 戦う前に白旗を掲げるしかなかったのですね。
 
 アメリカのこの方法というのは 今でもあまり 変わらないような気がします。自由と独立の国アメリカが 謳(うた)っているものって 何でしょうね・・・。全ての国が 全ての人が 干渉されずに ほんとうの 自由と独立が得られる時。戦わなくても 自由と独立が 得られる時って くるのでしょうか・・・。なんとなく 不安な今日このごろです。

2001.9.30